目次
建設業界の最前線情報をお届けします。
本稿では、建築物のライフ・サイクル・アセスメント(建築物LCA)制度化の動きとその背景を掘り下げ、業界への影響や求められるスキルについて解説します。
近年、建築物の「生涯CO2」を見える化して削減につなげる流れが加速しており、日本政府も制度導入に向けた議論を本格化させています。
建築物LCAとは何か、制度化で何が変わるのか、そして各プレイヤーにどんな対応が求められるのかを詳しく見ていきましょう。
建築物LCA制度とは何か?その概要と法制度化の動き
建築物のライフサイクル全体で排出されるCO2を評価しようという建築物LCA制度。
その基本概念と、日本および海外での法制度化の最新動向を概観します。
建築物LCAの概要と意義
建築物LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)とは、建物の建設から運用、解体・廃棄に至るまでの全過程で排出されるCO2など環境負荷を算定・評価する手法です。
従来、建物の環境対策と言えば断熱性能向上などによる運用時の省エネ・CO2削減が中心でした。
しかしこれだけでは不十分です。
建材の製造や輸送、施工時、さらには解体・リサイクルに伴うCO2排出も含め、「ゆりかごからゆりかごまで」建築ライフサイクル全体での排出量(いわゆる生涯CO2)を把握する必要性が高まっています。
欧州では既に、この建築物LCAの活用が進み制度化に向かっている状況です。
日本でも脱炭素社会の実現に向けて、建築分野で見落とされがちだった部分(建物運用前後のCO2)に光を当てる取り組みが始まりました。
建築物LCAは、そうした全プロセスの環境インパクトを「見える化」するツールとして注目されており、持続可能な建築を推進する上で欠かせない考え方となっています。
法制度化に向けた国内外の動向
世界的な動向として、EU(欧州連合)が建築物LCAの義務化を決定したことが大きな追い風です。
欧州委員会は2024年4月、2028年から延べ床面積1000㎡超の新築建築物に、2030年からは全ての新築建築物にLCA(ライフサイクルCO2排出量)の算定・開示を義務付けることを正式に決定しました。
既に欧州の複数の国(デンマーク、フランス、オランダなど9か国)は独自に建材のエンボディドカーボン(建材製造時のCO2)規制や建築LCA評価のルールを導入済みであり、欧州全体で「建物の生涯CO2」削減を促す市場が形成されつつあります。
日本国内でも法制度化に向けた議論が本格化しています。
政府は2024年11月に「建築物のライフサイクルカーボン削減に関する関係省庁連絡会議」を立ち上げ、建築物LCA制度導入に向けた検討を開始しました。
2024年度中(令和6年度中)に基本的な制度の枠組みを整理し、2026年の通常国会への関連法案提出を目指す方針です。
さらに報道によれば、政府は2028年度にも建設業者に建築物LCAの実施を促す新制度を開始する計画であるとされています。
これは、建築物の建設時から解体までのCO2排出量算定を企業に促す制度で、誘導策や規制措置を通じてLCA実施を広げる狙いです。
日本政府はまた、公共建築物で率先してLCAを導入する方策も検討中です。
2025年度(令和7年度)には国土交通省官庁営繕部が直轄の建設プロジェクト設計業務で試行的に建設時のCO2排出量算定(LCA)を実施する予定であり、官民挙げて建築物LCA手法の確立と普及に乗り出しています。
また、産官学連携の 「ゼロカーボンビル推進会議」 では、LCA算定方法や建材ごとのCO2排出原単位データ(環境宣言=EPD)の整備などについて検討が進められており、建材業界でも主要材料(鉄鋼、セメント、コンクリート、空調設備など)のカーボンフットプリントを統一基準で算出・公開する取り組みが加速しています。
このように、建築物LCA制度の法制化は中長期的な建築規制見直しの柱の一つとなっており、遅くとも2030年前後には建築業界においてライフサイクルでの環境性能評価が不可欠になる見通しです。
今後は制度の詳細設計とともに、業界全体での対応準備が求められるでしょう。
参考:https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/content/001867238.pdf
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建設業界への影響と今後求められるスキル・技術
建築物LCAの制度化は建設業界にどのような変化をもたらすのでしょうか。企業活動やプロジェクト遂行への影響、新たに必要とされる技術スキルについて展望します。
脱炭素ニーズによる業界構造の変化
建築物LCA制度が導入されれば、建設プロジェクトの進め方そのものに大きな影響が及びます。
まず各プロジェクトで設計段階からCO2排出量の算定と削減検討が必要になり、従来のコスト・納期・品質に加えて「カーボン」の視点が意思決定の重要項目となります。
例えば、設計者は代替案ごとのライフサイクルCO2を比較し、発注者に環境性能を数値で示すことが求められるでしょう。
施工者(ゼネコン)も施工手法や建材選定によるCO2削減策の提案が必要になります。
実際、近年は入札や施工評価で工事中や竣工後のCO2削減実績が加点対象となる動きが出てきています。
また、大手デベロッパー等の発注者は、施工会社に対し排出量の開示と削減方針の提示を求め始めており、応じられない企業は選定されにくくなるという指摘もあります。
つまり建設会社にとってCO2排出量の管理・削減は喫緊の課題となってきているのです。参考:tansomiru.jp
さらに、カーボンニュートラル経営やESG投資への対応という観点からも業界への影響は見逃せません。
2050年カーボンニュートラルや2030年温室効果ガス46%削減目標に向け、多くの建設関連企業がTCFD(気候関連財務情報開示)やSBT(科学的根拠に基づく削減目標)など国際的な枠組みにコミットしています。
そうした企業にとって、建築物LCAによる自社プロジェクトのCO2「見える化」は不可欠であり、特にこれまで対策が遅れていたエンボディドカーボン(建設時や資材製造由来のCO2)の削減は避けて通れない課題です。
建物運用時の省エネ施策が強化されるほど、相対的に建設時・解体時のCO2(エンボディドカーボン)の占める割合が増加するため、ライフサイクル全体でバランスよく炭素削減を図る必要があります。
このような状況下、各社は環境対応を経営戦略の中心に据える方向にシフトしつつあります。
脱炭素の取り組みは企業の競争力向上にも直結するため、プロジェクト全体でLCAを取り入れてCO2削減目標を掲げる企業が増えるでしょう。
具体的には、サプライチェーン全体でのCO2データ管理や、カーボンフットプリントを考慮した**調達(グリーン調達)**の推進、設計変更時に即座に環境影響を評価できるデジタル基盤の整備(後述のBIM連携ツールなど)が加速すると考えられます。
必要とされる新たなスキルと技術
建築物LCAの普及に伴い、建設業界の技術者や企業には新たなスキルセットが求められます。
まず重要なのは、環境や脱炭素に関する知識です。
具体的には、気候変動のメカニズム、再生可能エネルギーや資源循環に関する知識、そして国内外の環境規制動向などを把握しておく必要があります。
従来はプロジェクト遂行に直接関係ないと思われていたこれらの環境知識が、今や「GX(グリーントランスフォーメーション)人材」の必須要件として注目されています。
たとえば建設分野でも、CO2排出量の算定方法を理解し、その結果に基づいた削減戦略を立案できる人材が求められており、環境対応と事業を両立させるリーダーシップも重要とされています。参考:tansomiru.jp
次に欠かせないのが、デジタル技術やデータ活用のスキルです。
建築物LCAを実践するには、多数の材料データやエネルギー消費データを扱う必要があります。
これを手作業で行うのは非効率であり、専用のLCAソフトウェアやBIM(Building Information Modeling)との連携が鍵となります。
そのため、設計者・技術者はBIMツール上で環境性能をチェックしたり、LCA計算ソフトに設計データをインポートして分析したりするスキルを身につける必要があります。
実際に前田建設をはじめ業界大手では、BIMデータとLCAツールを自動連携させて短時間で環境評価できるシステムの開発が進んでいます。
こうしたシステムは、設計変更に伴うLCA再計算の手間を大幅に削減し、意思決定のスピードアップに寄与します。
また、データ分析力や数値コミュニケーション能力も求められます。
LCAの結果を理解し、どの段階でどれだけのCO2が出ているかをプロジェクトチームや発注者にわかりやすく伝える力が必要です。
例えば、「この構造案では製造段階のCO2が○tで全体の40%を占めるため、低炭素型の資材に変更すれば○%削減可能です」などと定量的に提案できることが理想です。
そうすることで初めて、コストや工期とのトレードオフを考慮しつつ環境性能を高める意思決定が可能になります。
総じて、建築物LCA時代の建設業界では、環境×デジタル×建設の知識を兼ね備えたマルチスキル人材が重宝されるでしょう。
企業も社員研修や勉強会を通じてLCAリテラシーを高めたり、新たに環境専門スタッフを採用したりする動きを強めています。
まさに業界全体が**「カーボンを読める技術者」**の育成にシフトしていると言えます。
LCAで評価する項目とCO2削減効果の「見える化」
建築物LCAでは具体的に何を評価し、どのようにCO2削減効果を可視化するのでしょうか。本章では、ライフサイクルの各段階における評価項目と、LCAによるCO2排出量の見える化手法について解説します。
ライフサイクル全体の評価項目
建築物LCAが対象とする主な評価項目は、建物のライフサイクル(生涯)全体を通じたCO2排出要因です。
具体的には以下のような段階・要因ごとに評価が行われます。
ライフサイクル段階 | 主なCO2排出要因 |
---|---|
資材製造・調達段階 (原材料の採掘・製造) | セメントや鉄鋼など建材の製造過程で使用するエネルギーや化学反応によるCO2排出(例:製鉄所やセメント工場での排出) |
輸送段階 (建材の物流) | 建材・設備を工場から建設現場へ運搬する際のトラックや船舶等の燃料消費によるCO2排出(輸送距離や手段に依存) |
建設段階 (施工プロセス) | 建設機械・重機の運転や現場での発電機使用など施工時に発生するCO2排出(工期の長短や施工方法に影響) |
運用段階 (建物の使用・居住期間) | 建物の冷暖房・給排水・照明など運用時のエネルギー消費に伴うCO2排出(オペレーショナルカーボン)。省エネ性能向上により削減可能な部分 |
維持管理段階 (補修・改修) | 定期的な補修工事や設備更新の際に使用する新たな建材製造や工事時の排出(建物の耐久性・メンテナンス頻度によって増減) |
解体・廃棄段階 (寿命末期) | 建物解体時の重機使用による排出、および廃棄物の処理や最終処分に伴うCO2排出(分別解体の程度や廃材量に依存) |
リサイクル段階 (資源循環) | 廃材のリサイクル過程で使用するエネルギーや再資源化プロセスでの排出。リサイクル率が高いほど廃棄段階の排出を相殺可能 |
このように、建築物LCAでは原材料の生産から建設、使用、そして最後の解体処理まで一連のプロセスを通じて環境負荷を評価します。
「建物の断熱性能を高めて運用時のエネルギー消費を削減する」だけでなく、「建材の選択を見直して製造段階の排出を減らす」ことや「設計の工夫で工事を効率化し施工時の排出を抑える」こと、さらには「長寿命化やリサイクルで将来の廃棄時の排出を減らす」ことまで含めて総合的に評価・検討できるのがLCAの特長です。
上表に示した各段階それぞれについて定量的なデータを集め、CO2排出量を算出することで、建物のホールライフカーボン(WLC:Whole Life Carbon)が明らかになります。
特にエンボディドカーボン(EC:Embodied Carbon)と呼ばれる「運用段階以外」の排出(製造・建設・廃棄由来のCO2)は、従来あまり意識されてこなかった部分です。
しかし近年の研究や先行事例から、建物の省エネ化が進むほど生涯CO2に占めるエンボディドカーボンの割合が無視できなくなることが報告されています。
そのため運用段階だけでなく前後を含めたトータルな炭素マネジメントが必要だという認識が広まっています。
CO2削減効果の可視化と意思決定への活用
建築物LCA制度がもたらす重要な効果の一つが、CO2排出量の「見える化」です。
LCAによって各プロジェクトごとの生涯CO2総排出量や、その内訳(前述の製造・施工・運用・解体各段階の寄与)が定量的に示されれば、どこに削減余地が大きいかが一目瞭然になります。
例えば、ある建物についてLCAを行った結果、資材製造段階の排出が全体の50%を占めているとわかれば、低炭素型のコンクリートや再生材利用による削減効果を検討できます。
同様に、運用段階の排出割合が大きければ断熱強化や高効率設備導入による対策が有効でしょうし、解体・廃棄段階の排出が無視できない場合は将来を見据えてリサイクルしやすい設計(組み立て式構造の採用等)を検討する、といった具合です。
このような数値に基づく意思決定は、従来の経験や感覚だけに頼った環境配慮から大きく前進するものです。
建築物LCAの結果は、グラフやチャート、スコアなどで視覚化することができます。
プロジェクトごとの生涯CO2排出量を他の建物と比較したり、設計案ごとの値を並べてシナリオ比較したりすることで、関係者間で共通認識を持ちやすくなります。
例えば、下記のようなグラフイメージが考えられます。
- ライフサイクル段階別CO2排出量グラフ: 棒グラフ等で各段階(製造・施工・運用・解体)の排出量を表示し、どの段階が支配的かを視覚化する。
- 設計オプション比較チャート: 仕様Aと仕様Bで生涯CO2を比較し、どちらが何トン削減できるかを示す。
- 経年変化シミュレーション: 将来の電力の脱炭素化シナリオを考慮した場合の運用段階排出削減効果を推計し、長期的なインパクトを評価する。
こうした可視化により、CO2削減効果を「見える化」して関係者に示すことが容易になります。
特に発注者や非技術系のステークホルダーにも直感的に理解してもらえるため、環境に優しい選択肢の採用を促す説得力が増すでしょう。
さらに、建築物LCAの結果は今後不動産評価や金融面にも影響する可能性があります。
例えば、建物の生涯CO2排出量が定量的に示されれば、それをもとに「カーボンフットプリントの小さい建物」として付加価値をアピールできるようになります。
欧州では既にライフサイクル炭素を低減した建物にインセンティブを与える動きがあり、日本でもグリーン住宅ポイントや容積緩和といった制度へのLCA活用が検討されるかもしれません。
いずれにせよ、LCAによる見える化は脱炭素の効果を定量的に示す「共通言語」となりつつあり、建築物LCA制度の導入によってその重要性は一段と高まるでしょう。
建築物LCAの導入事例とシミュレーションツールの活用
既に国内外で進みつつある建築物LCAの導入事例や、LCA算定に用いられるシミュレーションツールについて紹介します。
どのようにLCAが実務で活用されているのか、その最前線を見てみましょう。
国内外における導入事例
海外の先進事例としては、欧州各国で建築物LCAを設計プロセスに取り入れたプロジェクトが増えています。
例えばデンマークでは2023年より延べ床面積1000㎡を超える新築建物にLCA算定を義務付け、2030年には基準値(炭素予算)の遵守も求める予定です。
フランスでも2022年施行のRE2020規制により、新築住宅に対して生涯CO2排出量の評価と上限値適合が義務化されました。
このように欧州では、行政主導でLCAを用いた環境性能評価が制度として定着しつつあり、設計段階での低炭素化工夫が日常的に行われています。
日本国内でも、先行的にLCAを取り入れたプロジェクトや取り組みが現れ始めています。
官民双方の事例をいくつか見てみましょう。
- 官庁営繕での試行
- ゼネコン各社の取り組み
- 建材メーカー・不動産業界の動き
: 前述の通り、国土交通省官庁営繕部は自ら発注する公共建築物の設計業務でLCA算定を試行する計画です。
具体的な案件名は示されていませんが、例えば庁舎建設や公共施設の整備で実際にライフサイクルCO2を算定し、設計者に低炭素案の検討を促すとされています。
公共建築物は規模も大きく波及効果が高いため、行政自らが模範を示す形でLCAを活用し、そこで得られた知見を民間にも広げる狙いです。
: 大手建設会社では、プロジェクト単位でLCA評価を行う事例が増えています。
特に環境先進企業は、社内に専門部署を設けて建築物のライフサイクルCO2算定を推進しています。
例えば前田建設工業は、従来から海外製のクラウドLCAツール「One Click LCA」を用いて自社プロジェクトのGHG排出量算定を行ってきましたが、さらに効率化を図るため**独自のLCA評価支援システム「CO2-Scope」**を開発しました。
このシステムはBIMデータと連携し、設計情報から部材数量を自動取得してCO2排出量を素早く算出できるのが特徴です。
前田建設はこのツールを実案件の検討に活用し、低炭素型の設計・施工計画提案に役立てています。
: 建築物LCAの基盤となる建材の環境情報整備も各所で進行中です。
例えば、日本建材・住宅設備産業協会を事務局とする「建材EPD検討会議」では、コンクリート、窓・サッシ、断熱材、石膏ボードなど主要建材について、製造時のCO2排出原単位データ(EPD: 環境製品宣言)の整備が進められています。
既にセメントや鉄鋼業界では自主的に製品ごとのLCAデータを公開する動きがあり、これらを活用して設計段階で建物のカーボンフットプリントを見積もることが可能になってきました。
また、不動産デベロッパー各社も環境性能の高い建物を評価する取り組みを強化しており、LCAによる定量評価を新たなグリーンビルディング認証制度に組み込む検討などが始まっています。
民間主導の潮流としては、例えば三菱地所や清水建設などが参加する「グリーンコンストラクション連盟」がライフサイクル炭素を削減する施工技術の研究を発表するなど、業界横断の連携によるLCA実践事例も報告されつつあります。
活用される主なシミュレーションツール
建築物LCAを効率よく行うには、適切なシミュレーションツールの活用が不可欠です。現在、国内外で利用されている主な建築LCAツールや支援システムには以下のようなものがあります。
- J-CAT(Japan Carbon Assessment Tool for Building Lifecycle)
- One Click LCA(ワンクリックLCA)
- CO2-Scope
- その他のLCAソフト
- BIMプラグイン型のツール
: 国土交通省が中心となり開発した日本独自の建築LCA算定ツールです。
2024年10月に公開されたばかりで、日本の建築事情(気候区分や国内建材データなど)に合わせて算定できるのが特徴です。mlit.go.jp
ホールライフカーボン(WLC)を評価できる統合的なツールとして、今後の標準ツールになることが期待されています。
: フィンランド発のクラウド型LCAツールで、世界的によく使われています。
日本でも建設大手が採用しており、建材データベースに基づき建物のCO2排出量を素早く算出できます。
名前の通り操作が比較的簡単で、設計者自身が試行錯誤に使うケースもあります。
: 前田建設工業が開発した社内ツールで、BIMモデルと連動してLCA算定を自動化するものです。
社外には公開されていませんが、BIM×LCA連携の有用な事例として注目されています。
同様の発想で、他社でも独自にBIM連携型のLCAシステム開発を進めている例があります。
: 海外では他にも「Athena Impact Estimator(北米で普及)」「eToolLCD(豪州発)」や汎用LCAソフトのSimaPro、GaBiなどが使われています。日本の設計事務所でも欧米の認証取得案件でこれらを用いた実績があります。
また、建築研究所が提供する「LCA住宅(戸建住宅向け評価ツール)」など用途特化型の無料ツールも存在します。
: 最近ではRevit等のBIMソフトにアドオンする形で動作するLCAツールも登場しています。
例えばOne Click LCAのRevitプラグインや、IES-VEのLCAモジュールなどがあり、設計中のモデルから直接データを取得してリアルタイムに炭素量を評価することが可能です
シミュレーションツールの活用により、様々な設計・施工プランの環境影響を迅速に比較検討できるようになりました。
特にBIMとの組み合わせは有力で、設計変更のたびに都度エクセルで計算し直すといった手間を省き、ボタン一つで最新のCO2排出量を算出できる環境が整いつつあります。
これにより、「環境性能を見ながら設計する」デジタル設計プロセスが現実のものとなっています。
今後ますますツールは進化し、カーボンだけでなく水資源や生物多様性への影響など総合的なLCAが可能になるでしょう。
重要なのは、人間側がそれらツールを使いこなし、得られた知見を設計・施工にフィードバックすることです。
シミュレーションツールはあくまで意思決定支援の道具であり、最終的には技術者の創意工夫でより良い低炭素建築を実現していくことが求められます。
\ 誰かに聞いてほしい悩みはありませんか/
設計者・施工者・行政への影響分析 ~各プレイヤーに求められる対応~
建築物LCA制度の導入は、設計者・施工者・行政それぞれの立場にどのような影響を与えるでしょうか。各プレイヤーが直面する変化と求められる対応策を分析します。
設計者への影響と求められる対応
建築設計者にとって、建築物LCA制度の導入は設計プロセス自体の変革を意味します。
まず、基本設計や実施設計の段階でライフサイクルCO2を考慮した意思決定が不可欠になります。
具体的には、意匠・構造・設備の各設計案についてLCAを実施し、環境負荷を定量評価して比較検討する作業が発生します。
これまで設計者は意匠性・機能性・コストを主軸に検討してきましたが、今後は**第四の検討軸として「カーボンフットプリント」**が加わるイメージです。
そのため設計者は、従来以上にマルチディシプリンな知識を要求されるでしょう。
例えば、構造設計であれば部材量とCO2排出量の関係、設備設計であればエネルギー消費とCO2排出係数の知識が必要です。
また代替材料の検討も設計者の役割となります。
コンクリートから木材へ置換した場合の炭素影響、リサイクル材や低炭素型資材を採用した場合のメリット・デメリットなど、素材選択の段階で環境性能を評価しながら設計を進めることが求められます。
幸い、近年は環境建築の評価手法(CASBEEやLEEDなど)にLCAを組み込む動きもあり、設計者向けのガイドラインや情報も整備されつつあります。
実務上は、LCA専門家との協働も増えると考えられます。
大規模プロジェクトでは環境コンサルタントや社内のサステナビリティ担当者がチームに加わり、設計者と共に評価を行うケースが想定されます。
ただ中小規模の案件では設計事務所自ら対応しなければならない場面も多く、その場合に備えて設計者自身がLCAツールを扱うスキルを身につけておくことが望ましいでしょう。J-CATなど国産ツールも登場したことで、言語や単位系の壁も低くなっています。mlit.go.jp
設計者が自らシミュレーションを回し、例えば「プランAは生涯CO2=5000t、プランBは4500tなのでB案を推奨する」などと自発的に提案できれば理想的です。
そのための学習や研鑽が今後の設計者には求められます。
また、意匠設計の観点でも変化があります。
カーボンニュートラル建築をデザインすることが新たな付加価値となり、環境性能とデザイン性の両立というチャレンジが生まれます。
例えば「低炭素素材を用いた美しい仕上げ」や「解体しやすさを考慮した構造美」など、LCAを踏まえた新たな設計美学が追求される可能性があります。
設計者は技術だけでなくクリエイティビティの面でも、新しい発想で脱炭素時代の建築像を描いていく役割を担うでしょう。
施工者(建設会社)への影響と求められる対応
施工者(ゼネコンや工務店)にとっても、建築物LCA制度は業務フローや企業戦略に変革を迫ります。
まず、施工計画段階からのCO2排出量管理が求められるようになります。
施工者は建設工事に伴う機械稼働や資材搬入などでどれだけのCO2を出すかを事前に見積もり、削減策を検討する必要があります。
例えば、重機のアイドリングタイムを減らす、省燃費型の機材を導入する、仮設の電源を再生可能エネルギーで賄う、といった具体策を計画に織り込むことになるでしょう。
また、資材調達におけるCO2考慮も重要です。
同じ材料でも製造元によってCO2原単位が異なる場合があり、可能な限り環境負荷の小さいサプライヤーを選定するといった調達戦略が必要になります。
将来的には入札時に各社の施工時排出量や調達ポリシーが比較され、低炭素施工を提示できる会社が有利になることも考えられます。参考:tansomiru.jp
施工者はさらに、社内体制の整備にも取り組む必要があります。
具体的には、施工管理部門に環境負荷算定の知識を持ったスタッフを配置したり、全社員に対してLCAやCO2削減の教育を行ったりすることが挙げられます。
特に大手ゼネコンでは、環境部門を拡充してプロジェクト支援に当たらせる動きが見られますし、中小の建設会社でも外部コンサルタントの力を借りてLCA対応を進めるケースが増えるでしょう。
また、建設会社自らが建材メーカーなどと協力して低炭素材料を開発したり、新工法でコンクリート量を削減したりといった技術開発を進める可能性もあります。
つまり、施工者は従来の「品質・安全・工期・原価」の管理項目に「環境」を加え、総合的なマネジメントを行うことが要求されるのです。
加えて、施工者には情報開示の責任も生じます。
今後、完成建物の生涯CO2排出量を算出して発注者に報告することが義務化される見通しであり、施工者(場合によっては設計者と共同で)がその算定結果の説明を行うことになります。
これはいわば「環境性能の施工実績報告」にあたり、品質管理報告や安全報告と同様に重視されるでしょう。
そうした報告書を適切に作成できるよう、データ管理やドキュメンテーションのスキル向上も求められます。
最後に、企業間競争への影響も看過できません。
先述の通り、環境対応の差が受注機会に影響する時代になりつつあります。
施工者は他社に先駆けてLCAに取り組み、豊富な実績データを蓄積することで、発注者へのPRポイントとすることができます。
「当社はこれまでに○○棟の建物でLCA算定を実施し、平均△%のCO2削減提案を達成しました」といった実績は強力な売り込み材料となるでしょう。
したがって、施工者は単に義務だから対応するのではなく、積極的・戦略的にLCAを活用して企業価値を高める視点を持つことが重要です。
行政(規制当局)への影響と役割
行政(国や自治体の規制当局)にとって、建築物LCA制度の導入は新たな行政課題への対応を意味します。
まず第一に、制度設計と基盤整備が行政の役割です。
建築物LCAをどのように法規や制度に組み込み、どの段階で誰に何を義務付けるかといった詳細を詰める必要があります。
例えば、「基本設計時に建築主および設計者にLCA算定を義務化し、確認申請時に結果報告を求める」「一定規模以上の建築物には生涯CO2排出量の上限基準を設ける」など具体的なルール作りが考えられます。
その際には、国内建設業界の実情や国際動向を踏まえて現実的かつ野心的な目標値を設定することが求められます。
行政はまた、算定手法やデータの標準化にも責任を負います。
各社がバラバラの方法でLCAを行っては比較できず公平性を欠くため、評価手法のガイドラインや基準を示す必要があります。
国交省や環境省は既に共同で検討を進めており、CO2排出原単位データベースの公開や、J-CATのような共通ツールの普及を図っています。
また、将来的には第三者認証制度の導入も検討されるでしょう。
例えば、算定結果に対する審査を行い認証マークを付与する仕組み(建築版の環境ラベリングのようなもの)や、環境性能が優れた建物を表彰・補助する制度など、市場を活性化させるための誘導策も行政の重要な役割です。
さらに、行政は教育啓発と支援にも関わってきます。
新しい制度を円滑に実施するには業界への周知と人材育成支援が不可欠です。
講習会の開催や技術マニュアルの配布、ソフトウェア導入への補助金など、現場がスムーズにLCAを受け入れられる環境整備を行うことが求められます。
また、中小規模事業者への配慮も必要です。
大企業に比べリソースの限られる中小建設業者にも対応可能な簡易手法の用意や、相談窓口の設置など、きめ細かな支援策がポイントとなるでしょう。
最後に、行政自身も率先実行する立場です。
公共建築物へのLCA適用やグリーン調達の徹底、関連する横断的政策(都市計画やインフラ事業への適用)の推進など、官民問わず建築分野全体の脱炭素化を牽引することが期待されています。
地方自治体レベルでも、独自の環境評価制度(例:東京都のキャップ&トレード制度へのLCA要素導入など)を組み合わせて地域特性に応じた取り組みを展開する余地があります。
行政は規制者であると同時にパートナーとして、業界とコミュニケーションを図りながら建築物LCA制度を社会に根付かせていくことになるでしょう。
建築物LCA時代のキャリア形成と人材ニーズ
建築物LCAの普及は、建設業界のキャリア形成や人材ニーズにも影響を与えます。
脱炭素時代に求められる人材像と、どのようなキャリアチャンスが生まれているのかを考察します。
建築物LCAが本格導入される時代、建設業界で活躍できる人材像も変わりつつあります。キーワードは「GX人材」、すなわちグリーン転換を担う人材です。これは特定の職種を指すのではなく、環境配慮と経済活動を両立させる知識・スキルを持った人のことを言います。参考:tansomiru.jp
建設業界においても、GX人材=建築LCA人材とも言える存在が求められています。
まず、専門職的な新キャリアとして注目されるのが「LCAコンサルタント」や「サステナビリティマネージャー」といった役割です。すでに日本国内でもLCAの専門企業や部署が存在しており、製品のLCA評価に20年以上の実績を持つエキスパート集団もあります。建築分野でも、環境評価の専門知識を持ってプロジェクト横断で支援を行うコンサルタントが増えており、求人市場でも「ライフサイクルアセスメントの知識歓迎」「環境マネジメント経験者優遇」といった募集要項が見られるようになってきました。
例えば大手設計事務所やゼネコンではサステナビリティ推進室のような部署を設け、そこに環境工学やLCAのバックグラウンドを持つ人材を登用するケースが増えています。
ゼネコン各社は中途採用でも環境分野の有資格者(エネルギー管理士、環境プランナー等)を求める傾向が強まっており、LCA実務経験者は貴重な戦力として評価されています。
また、従来型の職種におけるスキル拡張という形でもキャリア機会が生まれます。
例えば建築設計者や設備エンジニアが、LCAやCO2排出算定のスキルを身につければ「環境配慮設計のスペシャリスト」として付加価値が付きます。
施工管理技士が環境負荷低減施工の知識を習得すれば、「グリーン施工のエキスパート」として現場で重宝されるでしょう。
つまり本業+環境スキルを兼ね備えることで、これまでになかった活躍の場が広がるのです。
実際に、建設業界の研修プログラムでもLCAやカーボンマネジメントの講座が設けられるようになりましたし、技術士試験や建築士定期講習でも気候変動対策が取り上げられるなど、プロフェッショナルの要件に環境知識が組み込まれつつあります。
若手にとっては、早い段階でこれらスキルを習得することで将来のキャリアパスにおいて有利になるでしょう。
さらに、異業種からの転身という動きも考えられます。環境コンサルやデータサイエンス分野の人材が建設業界に入ってLCA業務に携わるケースや、大学で環境工学を専攻した新卒者が建設会社でLCA専門要員として採用されるケースも増えると予想されます。
すでに一部では、IT企業出身者がBIMやシミュレーションの知識を買われて建設会社のデジタル施策に参加する例がありますが、これに環境要素が加わった形です。
つまり、建設業界が異分野の知見を積極的に受け入れる素地が生まれており、LCAはその橋渡しとなるテーマと言えます。
最後に、資格制度や学習機会についても触れておきます。
今後、建築LCAに関連する資格認証が整備される可能性があります。
既に環境省後援の「環境社会検定(エコ検定)」や、最近創設された「GX検定」などがありますが、建築分野特化ではありません。
将来的には、例えば「建築LCAエキスパート認定」のような制度が業界団体から出てくるかもしれません。
また、大学や大学院でLCAを学ぶカリキュラムも増加傾向にあります。
建築学科で環境工学系の講義にLCA演習を取り入れたり、社会人向けのセミナーで建築LCAの基礎を教えたりする機会が増えています。
生涯学習の場でLCAを学ぶことがキャリアアップにつながる時代が到来しているのです。
以上のように、建築物LCAの普及は人材市場に新たなニーズとチャンスを生み出しています。
施工王としても、この流れに注目し、求職者の皆さんにはぜひ「環境×建設」の視点で自己研鑽を積むことをお勧めします。
脱炭素社会の最前線で活躍できるプロフェッショナルを目指して、今から準備を始めてみてはいかがでしょうか。
まとめ ~建築物LCA時代の到来に向けて~
建築物LCA制度の動向から業界への影響までを見てきました。最後に記事全体のポイントを振り返り、今後に向けた展望をまとめます。
建築業界はいま、建築物LCA制度の到来という大きな転換期を迎えようとしています。
ライフサイクル全体で建物の環境負荷を評価・削減しようというこの試みは、単なる環境対策に留まらず、業界の常識やビジネスの在り方を変える可能性を秘めています。
本記事で解説したように、日本政府は2030年を見据えて建築物LCAの制度化を進めており、欧州に倣って新築建物へのLCA算定義務付けや基準値設定が現実味を帯びています。
これは設計・施工の現場から経営戦略、そして人材育成に至るまで、業界全体がカーボンニュートラル対応にシフトしていくことを意味します。
建築物LCA制度の概要としては、建材製造から解体までの生涯CO2を評価する仕組みであり、政府の有識者会議やゼロカーボン推進会議で制度設計が詰められています。
2028年度にも施行開始との報道もあることから、今後数年のうちに関連法整備と試行運用が進むでしょう。
業界への影響は甚大で、プロジェクトの進め方に環境評価のプロセスが組み込まれ、CO2削減の努力が企業の競争力に直結します。
省エネだけでなくエンボディドカーボンの削減が求められるため、新たな技術開発や調達改革も避けて通れません。
しかし同時に、これは大きな機会でもあります。
環境性能の高い建物は市場で評価され、先進的な取り組みをした企業はブランド価値を高めるでしょう。
建築物LCAによる「見える化」は、漠然とした環境貢献を具体的な数値目標に変え、社内外の関心を集めるはずです。
CO2排出量という共通の物差しで、自社の取り組みをアピールできるようになるため、業界全体の透明性と信頼性向上にもつながります。
各プレイヤー別に見ると、設計者は低炭素建築のプランナーとして新たな創造性を発揮する場が広がり、施工者はグリーン施工の実践者として技術力を示すチャンスが増えます。
行政は適切なルール作りと支援を通じて、市場の方向性を脱炭素へ誘導する役割を担います。それぞれが連携し、データと知見を共有し合うことで、建築分野全体でのCO2削減効果は飛躍的に高まるでしょう。
人材面でも、GX人材の育成が急務です。
環境と建設の両面に通じた人材は今後ますます重宝され、そうしたスキルを持つ技術者には新たなキャリアパスが開けています。
施工王としても、業界の皆様がこの流れに乗り遅れないよう、最新情報や研修機会を提供していきたいと考えています。
最後に強調したいのは、建築物LCAはゴールではなく手段だということです。
真の目的は、持続可能な社会の実現と次世代への責任を果たすことにあります。
LCAという手段を活用しつつ、イノベーションと協働によって建築の未来を形作っていくことが、我々建設業界に課せられた使命です。
本稿が、読者の皆様にとってその一助となり、明日からの現場で何らかのアクションにつながれば幸いです。
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